天才植物学者・牧野富太郎ってどんな人?「らんまん」のモデルのエピソードや心に響く名言集

牧野富太郎名言ブログのアイキャッチ画像 偉人名言集

朝ドラ「らんまん」のモデルである牧野富太郎は「日本の植物学の父」として知られ、その業績は日本の植物学界に大きな影響を与えました。彼の名言は、自然、科学、探求心など、さまざまなテーマをカバーしています。

このブログでは、それらの名言を深く掘り下げ、牧野富太郎が私たちに伝えようとしたメッセージを理解しようとします。彼の名言には、「朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまもない」、「草木は私に取っては唯一の宗教なんです。」などがあります。

牧野富太郎の洞察によって、私たちは自己理解を深め、より意識的で充実した生活を送ることができるでしょう。

牧野富太郎ってどんな人?彼の生涯や逸話のまとめ

項目内容
生年月日1862年
出生地土佐国(現在の高知県)、スミリャン
家族背景セルビア正教会の司祭の父と発明好きの母を持つ
学歴名教館、佐川小学校(中退)
職歴東京大学理学部植物学教室、『植物学雑誌』著者
主な業績新種の植物の発見、40万枚以上の植物標本の作製、1,500種類以上の植物の命名
特徴「草木の精」と自称、8つの言語に堪能
死去1957年1月7日

牧野富太郎は1862年に日本の土佐国(現在の高知県)で生まれました。彼は幼少のころから植物に興味を示し、その情熱は彼が「日本の植物学の父」と呼ばれるまで続きました。彼は名教館という義校で学びその後、佐川小学校に入学しましたが、2年で中退しました。その後、彼は植物採集に没頭し、独学で植物学を身につけました。22歳の時に上京し、東京大学理学部植物学教室へ出入りしながら本格的な植物研究に没頭しました。そして27歳で新種の植物を発見し、『植物学雑誌』に発表しました。彼はまた、自らを「草木の精」と称し、日本全国をまわって膨大な数の植物標本を作製しました。個人的に所蔵していた分だけでも40万枚に及び、命名植物は1,500種類を超える。彼の人生は苦難と成功の波瀾万丈なものでした。家族を犠牲にしてまで科学への情熱を追求した彼の人生は、「日本植物学の父」として広く知られるようになりました。1957年に94歳で亡くなりましたが、その業績は今日でも高く評価されています。

借金苦の生活!?牧野富太郎の逸話

牧野富太郎は、その生涯を植物の研究に捧げ、そのために家族を犠牲にすることもありました。牧野富太郎は研究や書籍のために、惜しまず金を使いましたが、その反面金銭的には非常に厳しい生活を強いられており、生活は困窮し、牧野家は多額の借金を背負って、債権者に追われるような日々が続きました。そんな生活の中で、妻である壽衛さんは彼の身の回りの世話から秘書、交渉事まで、何でもこなしていたそうです。また、彼の娘である鶴代さんも、父である富太郎さんの身の回りの世話から秘書、交渉事まで、何でもこなしていたそうです。それでも、壽衛をはじめ、友人や後援者に支えられて研究を続け、植物採集や講演に日本全国を飛び回り、94歳9ヶ月でその長い生涯を終えました。

朝ドラ「らんまん」でのモデルに

「らんまん」は、2023年度前期放送のNHK「連続テレビ小説」第108作目で、2023年4月3日から9月29日まで放送されました。このドラマは、日本の植物学者・牧野富太郎をモデルにしています。主演は神木隆之介で、フィクションのドラマとして制作されました。彼は多数の新種を発見し、命名も行った近代植物分類学の権威であり、その研究成果は50万点もの標本や観察記録、そして『牧野日本植物図鑑』に代表される多数の著作として残っています。ドラマ「らんまん」では、激動の時代の渦中で、ただひたすらに愛する草花と向き合い続けた植物学者・槙野万太郎の波乱万丈の物語が描かれています。この物語は、牧野富太郎の人生をベースにしながら、紐解かれていきます。

牧野富太郎の名言集(1)

名言1

花に対すれば常に心が愉快でかつ美なる心情を感ずる。
故に独りを楽しむ事が出来、あえて他によりすがる必要を感じない。
故に仮りに世人から憎まれて一人ボッチになっても、決して寂寞(せきばく)を覚えない。
実に植物の世界は私にとっての天国でありまた極楽でもある。

名言2

人間に思い遣りの心があれば天下は泰平で、喧嘩も無ければ戦争も起るまい。
故に私は是非とも草木に愛を持つ事をわが国民に奨めたい。

名言3

朝な夕なに草木を友に
すればさびしいひまもない

名言4

草木は私に取っては唯一の宗教なんです。

名言5

私はむしろ学位など無くて、学位ある人と同じ仕事をしながら、これと対抗して相撲をとるところにこそ愉快はあるのだと思っている。

名言6

少し位知識を持ったとてこれを宇宙の奥深いに比ぶればとても問題にならぬ程の小ささであるから、それは何等鼻にかけて誇るには足りないはずのものなんです。

名言7

雑草という草はない。

名言8

私は植物の愛人としてこの世に生まれ来たように感じます。
あるいは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います。

名言9

学位や地位などには私は、何の執着をも感じておらぬ。
ただ孜々(しし)として天性好きな植物の研究をするのが、唯一の楽しみであり、またそれが生涯の目的でもある。

名言10

これから先も私の死ぬるまでも疑いなく私はこの一本道を脇目もふらず歩き通すでしょう。

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