【男の修行】山本五十六の名言8選!「やってみせ」の全文など掲載

山本五十六の名言ブログのアイキャッチ画像 偉人名言集
山本五十六の肖像画

山本五十六の名言は、彼の深遠な思考と豊かな人間性を反映しています。激動の時代を生きた軍人の集団を魅了し、物事を実行するために必要な教養を名言より学んでいきましょう。

山本五十六ってどんな人?

項目内容
名前山本五十六(やまもといそろく)
生年1884年
出身地新潟県長岡市
主な役職連合艦隊司令長官
主な業績日本海海戦参戦、航空機の戦力化、真珠湾攻撃
死亡年1943年
山本五十六の略歴

山本五十六は1884年4月4日に新潟県古志郡長岡本町玉蔵院町(現在の長岡市坂之上町3丁目)で旧越後長岡藩士・高野貞吉の六男として誕生しました。生まれたときの貞吉の年齢が56歳であったため五十六と名付けられました。彼は旧制長岡中学校卒業後、海軍兵学校に入学し、軍人としての道を歩み始めます。ちなみに、山本姓になるのは1915年に旧長岡藩家老の家柄である山本家を相続してからになります。1904年に海軍兵学校を卒業した彼は、装甲巡洋艦「日進」で乗務します。そして、1905年の日本海海戦に参戦しました。ところが、戦闘中に爆発に巻き込まれ左手の指を失い、左大腿部も負傷する重傷を負います。それでも、彼は一命をとりとめることができました。1920年代から30年代にかけて、日本は海軍軍縮条約により戦艦の保有数などを制限されます。そこで、山本は航空機に着目。1935年に海軍航空本部長になると、航空機の戦力化につとめました。その後、山本は連合艦隊司令長官となり海軍の実戦部隊のトップになります。日米交渉が決裂し、開戦が避けられなくなると山本はアメリカ海軍を壊滅させる秘策を立てました。それが、真珠湾攻撃です。山本の策は的中し、アメリカ太平洋艦隊は壊滅的打撃を負います。そして、1943年4月18日、山本が前線視察に赴くという情報を得たアメリカ軍はこれを待ち伏せ。ブーゲンビル島の上空で山本が乗った一式陸上攻撃機を撃墜します。山本は59歳でその生涯を終えました。

日露戦争

日露戦争の説明画像

日露戦争(1904-1905年)は、日本とロシアの間で起こった戦争で、主に朝鮮半島と満州での支配権を巡る争いから発生しました。戦争は、日本が驚くべき初期の成功を収め、日本海海戦でロシア艦隊を壊滅させるなど、海上および陸上での一連の勝利により、アジア国家が欧州の大国に勝利した最初の例となりました。戦後、ポーツマス条約により日本は満州の権益、朝鮮半島への優越権、さらに南樺太の領有を認められるなど、国際的地位を向上させましたが、戦争の利益が期待に満たないとの国内の不満も生じました。この戦争は、日本の帝国主義的拡張を促進し、後の太平洋戦争に向けた道を築くこととなった重要な転換点でした。

日本海海戦で指を失う

日本海海戦の紹介画像

山本五十六が日本海海戦で指を失ったエピソードは、日露戦争中の1905年5月27日に起きた出来事です。山本五十六は当時、日本帝国海軍の士官として、連合艦隊旗艦「三笠」に乗艦していました。日本海海戦は、日本とロシアの海軍が対峙し、日本海で行われた決定的な海戦です。戦闘中、「三笠」はロシア艦隊からの激しい砲火を受けました。その際、山本は艦の操縦室におり、ロシア艦隊からの砲弾が近くに着弾したことによる爆発で、左手の中指と薬指の二本を失いました。この負傷にもかかわらず、山本は戦闘を続け、この勇敢な行動は後に彼の軍歴における重要なエピソードの一つとされました。

山本五十六の最後

山本五十六の最後

山本五十六は、第二次世界大戦中の日本海軍の指導者で、真珠湾攻撃を含む初期の戦略を立案したことで知られています。彼の最後は1943年4月18日に訪れました。この日、山本五十六はブーゲンビル島近くの空中でアメリカ軍機によって撃墜され、命を落としました。アメリカは暗号解読を通じて彼の移動計画を事前に掴み、この情報を基に「オペレーション・ヴェンジェンス」と名付けた攻撃を計画し実行したのです。山本の死は、日本国内外に大きな衝撃を与え、日本海軍にとっては戦略的な指導者を失うという大きな打撃となりました。

「やってみせ」の名言全文

山本五十六といえばやってみせ・・・で始まるこの名言ですよね。日露戦争から太平洋戦争まで賛否はあれど日本を支えた英雄の言葉、今の現代でも通用するのではないでしょうか?山本五十六が何を行ってきたのかをまとめ紹介します。

やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

https://kabushikihakushi.com/2024/03/04/yamamotoisoroku_quotes-page-1/

山本五十六の名言集(1)

名言1

やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

名言2

百年兵を養うは、ただ平和を守るためである。

名言3

苦しいこともあるだろう。
言いたいこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣きたいこともあるだろう。
これらをじっとこらえて行くのが男の修行である。

名言4

男は天下を動かし、女はその男を動かす。

名言5

内乱では国は滅びない。
戦争では国が滅びる。

名言6

人は神ではない。
誤りをするというところに人間味がある。

名言7

実年者は、今どきの若い者などということを絶対に言うな。
なぜなら、われわれ実年者が若かった時に同じことを言われたはずだ。
今どきの若者は全くしょうがない、年長者に対して礼儀を知らぬ、道で会っても挨拶もしない、いったい日本はどうなるのだ、などと言われたものだ。
その若者が、こうして年を取ったまでだ。
だから、実年者は若者が何をしたか、などと言うな。
何ができるか、とその可能性を発見してやってくれ。

名言8

人は誰でも負い目を持っている。
それを克服しようとして進歩するものなのだ。

 

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